huckleberryfieldsforever:

またやってくるのだな。あの、匂いに包まれる時。

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またやってくるのだな。あの、匂いに包まれる時。

バーベキューで夏を終えたよ。

バーベキューで夏を終えたよ。

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久しぶりに昔好きだった人を見た。
 
 そこそこ混んでいる居酒屋の、わたしはテーブル席にいた。彼は座敷で男3人で飲んでいて、壁には上着やコートがかけられていた。わたしの席からは彼の後姿しか見えなかったけれどそれでもすぐに彼だとわかって、学生時代で失ったと思っていた、好きな人がどこにいてもオーラでそこだけ輝いて見える能力は、なくなったわけではなく発揮される機会がなかったのだなあとわたしはぼんやり考える。
 おそらく最近髪の毛を切ったのであろう小ざっぱりした襟足は好ましく、でもあの首筋に腕を回すことはもうないのだなあと素直に思う。触れたいわけではない、でも、触れられないのだと。

 彼ともう一度付き合いたいとは微塵も思っていないわたしにとって、彼のことをまだ好きだと実感するのは日常の喧騒でうやむやにしていた自分の傷を再認識するみたいな行為だ。日常生活には支障がないけれど洋服を脱げば目立つ大きな傷跡のよう、それが年々薄れ行くのはわかっているけどそれでも死ぬまで消える気もしなくて、生きている限り共存することをとっくに覚悟(というより、諦めといったほうがいいかもしれない)しているけれど、それでも忘れてはいけないもの。だからこの痛みは、幻肢痛みたいなもの。

 お酒と料理を頼み、それらが運ばれてくる前にテーブルに調味料がないのに気付く。空いている隣のテーブルから拝借するか店員に言えばいいものを「とってくるね」とお会計を済ませ帰るしたくをしている彼のテーブルまでわたしは歩く。ちょうどトイレに立つ彼がわたしをちらっと見た気がしたけど気付かないふりをして無視して歩く。幸い、同席している彼の友人にはわたしの知っている人はいなくて、「すみません、お醤油借ります」と一声かけられ「ああ、どうぞ」と笑顔で答える彼の友人の顔を見て、わたしは怪しまれなかったことに安堵する。
 

 好きだった人を見かけたとき、見かけたことをこうして思い出すとき、必ず隣に小さくてかわいらしい女の子を想像する。客観的に見て彼が誰と一緒にいたら幸せなのか、そんなことわたしでもわかる。だから話しかけたりしないしコンタクトを取ったりしない、そもそも最初に離れたのはわたしだ。

 「後悔」が、「あんなことしなければよかった、もう一度やりなおしたい」を指すのであれば、わたしのこれは後悔じゃない。あんなことしなければよかったとは思うけど、わたしが離れたおかげで結果彼が幸せになるのならハッピーエンドじゃないかと思う。

 もしかしたらわたしはこうしてことあるごとに、今がハッピーエンドの続きだと、自分に言い聞かせているのかな、と思う。自分を抑える呪文、自分が平静でいるための呪文。これから続くわたしのくだらない人生が、彼のハッピーエンドののこりかすなら、それはわたしが選んだことでもある、そんな屁理屈みたいな矜持を核に、わたしの地球は回っている。

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"厳しすぎるよ、この世界。

朝11時から17時まで働いたら、十分生活できる世界にしてほしい。
19時まで働いたら、働きすぎって言ってほしい。

もう、皆しんどいだろ
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